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カテゴリ:Banaue/バナウェ ( 5 )

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昨年5月、バナウェに行く途中で寄った場所に慰霊碑と戦跡碑がありました。
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"碑の由来
この地は 昭和48年(1973年)日本政府派遣の戦没者遺骨収集団が この地域の戦没英霊のご遺骨を荼毘に附し、残灰を埋葬した所である・・・(後半略)"
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"戦跡碑
ここバレテを巡る山野は1945年1月から半年に亘り「鉄・撃・?」の日本軍と米比軍が凄絶な死闘を続け阿修羅の鮮血で染められた天地慟哭の戦跡である。
この決戦は北部ルソンの命運をかけ祖国のため1万7千百余の両軍の戦士が砲火の中に散った。ここにその慰霊を偲び鎮魂の祈りを捧げ人類永遠の平和を願ってこの碑を建てる
1984年?月 バレテ慰霊会"
(Santa Fe, Nueva Viscaya)
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        (Banaue, Ifugao)
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e0146570_18372420.jpgバナウェの町からさらに山奥へ、トライシクル(サイドカー付きのバイク)で1時間強、バンガアンという村の棚田を見に行きました。道が悪いため普通車では行くことができません。

→私たちが雇ったトライシクルです。道がガタガタなのでしっかりつかまっていないと体のあちこちをぶつけます。
さすがに1時間以上乗っていると疲れます。
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↓この小さな村のところまで棚田を間近に見ながら歩いていくこともできるのですが、どうしても時間がなく断念しました。
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 バナウェ周辺の棚田群は、1995年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。しかし、戦後の森林伐採による洪水や土砂崩れ、また後継者不足や耕作放棄などにより棚田の崩壊がすすんでおり、2001年には危機遺産に指定されてしまいました。
 2千年以上まえにイフガオ族によってつくられ、そして2千年もの間、大切に守られてきた美しい棚田が、ほんの短い間に存続が危ぶまれる状態になってしまったのです。
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おみやげ屋さんの子どもたち。

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トライシクル内からの風景。

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(Bangaan, Banaue, Ifugao)
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山と棚田に囲まれた小さな町バナウェ。清清しい空気とともにのどかな時間が流れているようでした。
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(Banaue,Ifugao)
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と呼ばれる棚田を見に、ルソン島北部・イフガオ州のバナウェへ行ってきました。マニラから車で8時間ほどかかります。山岳地帯なので、今マニラより気温が10度ほど低く、もちろん空気もきれい。1泊で帰ってくるのが本当に惜しい、美しいところでした。
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(Banaue,Ifugao)
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